これは二人の男女の腐った話
外の空気は美味しい。あぁ、勘違いしないで欲しいんだが、この美味しいとは多様な味覚を指す言葉じゃない。
澄んでるとか綺麗だとか、そういうのを示している。
率直に言うと今自分は三日振りに外に出た。ちなみに自分はそれは時間を遡ること……なんて小説家のような読者を引き込ませる技法は持ち合わせていないので結論から言う。
自分は、"死んだ"。
何処で、そうだな……何の変哲もないマンションの自室の中で、というのが適切なのだが。
自分だってセキュリティは万全のつもりだ。例え北のノルフェインから来た横暴な魔族でも撃退できる術は持ってる。
かといってなにも起きないはずの自室で死んだ……というのがやはり適切なのだな。
それ以外しか表現する方法がないだけたが。
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「まぁ、そんな言った風で俺は殺害された」
親指を立てて己の死を力説する謎の青年。胸あたりは血だらけでシャツはビリビリに引き裂かれている。
艶やかな黒髪や目鼻立ち整った顔にへばりついた自らの血、だというのに五体満足というのはなんだか支離滅裂である。
「死んだという自覚がない厄介な亡霊ですね。さっさと成仏を」
そして目前にいるのは非常に麗しやかな印象を受ける女性。視線は常に一定で、慣れているのか眉も皺も動かす気配はない。
一口に美形といってしまえばそうなのだが、先程の台詞からして毒を吐くことに何ら受け入れがたいものはないようだ。周囲から見ればこの男女は、言動と常識の照らし合わせからみて歪んでいるといっても相違ない。
「それで、何か覚えてるんですか?」
「全く。なんとも記憶とは不便なものだね。形の悪い過去ばかりを掘り起こし、形の良い過去は幸福と一緒に脳に溶けていく。やっぱり人間って愚かだよ。滅べばいい」
「それって自分も死ぬことになりますけど」
「なに言ってるんだ?そんなこと重々承知の上だが」
死滅願望の承知とは一体なんだろうか。むしろ、愚かさを知っているのに向き合う努力をしない己が愚かだと気づかないのか。それでも彼は「やはり愚かだな。滅べ」というのだろうが。
女性はヤケに重いため息を吐くと、シャーペンと紙を取り出す。
「本当にないんですか?死んだ時の記憶」
「うーむ……生き返る感触だけは覚えているのだが。あぁ、だけれど一つの確信があって言えるのは自殺ではないということだ」
「さっき言ったじゃないですか。まぁ現場の状況からして、ハディさんの抵抗の跡や包丁などの凶器の類は見当たらないので他殺でしょうね」
ハディと呼ばれた青年はそれを聞いて肩をすくめる。
「なにか?」
「いやぁ。なんで蘇ったのかなって」
「私が知りたいですよ。そもそも、私殺害された時はいませんでしたからこれを自作自演で処理できもするんですよ」
「はは、冗談きついな。ここまで大袈裟なことしないでしょ」
ハディは玄関に座り込み、眉一つ動かさない女性と視線を交差させる。
「いえ、ありますね。だってこれ今に始まったことじゃないじゃないですか」
「……?」
「以前も首吊り自殺の件や、入水自殺の件や、不発弾自殺の件やら挙げるとキリないですよ。どうやったらそこまで世の憂い方を拗らせられるんですか」
ハディは首をかしげるが、あぁ!と一つ頷くと目を輝かせて胸を張り出した。
「人類が愚かだと思えればいくらでも常識は狂う!」
「愚かってほんと利便性高いですね〜」
「当たり前だろう!君も僕も愚かなんだよ。痛みや傷を隠しながら目的に向かう姿を愚直とも言うが、なにもなく目的に向かうだなんてことはあり得ないだろう!?人の愚かとは生きる上では必須の美徳、けれども悪徳の表裏を持つからこそ滅べばいいんだよ!」
「……………ちょっと高次的すぎてよくわからないのですが。わたしにも分かるように説明してください」
「ふむ。話をやめよう。俺は常に生産性を求めるのだ。マリー」
マリーと呼ばれた女性は目を細める。
「愚か、愚かって言ってる人の言葉に生産性ってあるんですか?」
「ない!」
「………」
やはり価値観が完全に相容れない。逸脱していると言えばそうなのだが、このハディという男は筋金入りだ。
くだらない詭弁を弄する口の相手にするより、"能力"の使い方を教鞭するために相手をした方がまだ人類のためだと思う。
「結局、自作自演ってことでいいですか」
「待て。それは間違っている。俺の人類滅亡のシナリオの完遂の為の死なんだ。蘇ることで魂だけの存在となり、そこから愚かな人類が滅ぶ姿を俯瞰し高笑いすることが……」
すると突然、ハディの目の色が変わる。即座に立ち上がり、右足を基軸にするとマリーは彼の胸元へと抱き寄せられる。
「ふぇ!?」
そして軽快に一回転した瞬間、巨大な轟音と共に廊下の突き当たりには何重にも亀裂の入った穴が口を開けていた。
「チッ。女は殺せると思ったが」
「新手の魔族か。全く、俺は魔族だからと言って滅亡のシナリオから外した覚えはないが?」
「ハッ。ペラペラと減らず口だけは達者な野郎だ。で?テメェがあの"虚落としの魔眼"の所有者で、いいんだよな?」
「……何故、それを教えないといけない?」
厚い胸板の中で、何か熱を帯びる感覚を覚えながらハディは淡々と応対する。
「君には教えることはないな。なにせ、愚かだからだ。愚か者が愚か者に何か教えたところで発展性はあるのかい?」
「あァ?何言ってんだテメェ」
「単純明快だろう。テストで零点の小学生がテストで零点の高校生にものを教えるくらいに無謀だと怜悧な頭脳による精密すぎる分析を君が見ている妄想に現実という形で押し付けることで愚かさを立証してあげている自分なりの善性というやつだが?」
「うるせぇなぁ。ごちゃごちゃ言わずによこせよ、その魔眼」
「いやだ、といったら?」
「力づくで……だなァ!!!」
これは職業不定の二人が、魔族による襲撃から逃れる話。