ヴォルフとネフィリア
深い深い闇に覆われた夜のことだった。
「ヴォルフ?」
「ネ、ネフィリアさん……」
ヴォルフと呼ばれた青年は、自分よりも短躯な少女であるネフィリアを前に後ずさる。
いつもより落ち着きのない彼を前に、ネフィリアは何かを勘繰ると不服そうに頬を膨らませた。
「……なに?お姉ちゃんに、隠し事?」
「い、いえ。別に」
「ヴォルフ、隠すの下手くそ」
「う……」
血の繋がりは無いものの、やはり姉という立場の強さに圧倒されるヴォルフ。彼女の瞳に一切の邪念はないところが、何とも反発を促せない要因でもあった。
「……んです」
「……?」
「も、もう!一人で眠れないんですよ!言わせないで下さい!」
「眠れない?」
ヴォルフはコクリと頷くと、その場でうずくまりさめざめと吐露し始める。
「うぅ……情けない。レヴナントさんに合わす顔もなければ、こんなので本当にラグナロク様の剣になるなんて到底無理な話……」
「ヴォルフ」
鈴を転がすような透き通った美声に彼は思わず言葉を紡ぐのをやめた。
「は、はい」
「今はレヴナントとか。ラグナロクとか、どうでもいい。眠れないならお姉ちゃんと一緒に寝よ?」
「そ、添い寝ってことですか?」
小首を傾げるネフィリアであったが、瞬きの間の静止のあと無感動に頷いた。
「え、えぇ……」
ヴォルフがため息を漏らしたのは、ネフィリアの無知さ故の抵抗の無さだ。
内容を理解していないのが今の仕草で丸わかりである。
立派に成長した一丁前な青年が同衾するなど、プライドやらなんやらがやはり許容しないのである。
流石の彼もこれに限っては断る案件だ。
「すみません。何とか一人で寝れるように努めるので、それにレヴナントさんにバレたらなんと言われるか……」
「……そんなこと気にしてるの?」
「い、いやそもそも倫理的に男女が一つのベッドというのも些か相反しているというか!」
「お姉ちゃんと弟でしょ?」
「……っ」
その純真無垢な瞳で見つめるのはやめてくれ!内心で彼は冷や汗をかきながら叫んだ。
鼻と鼻がくっつきそうなほど肉薄した二人の表情。ネフィリアは眉を寄せては、ヴォルフを小動物のようにジッと眺めている。
夜風に打たれて冷静になったのか、その方が眠れず明日の鍛錬に支障が出ては困ると判断したヴォルフはゆっくりと首肯した。
「わ、分かりました。僕の部屋に一緒に行きましょう……」
こうして、僕はプライドを捨て半ば自暴自棄になりながら鈍重な足取りで部屋へ向かっていった。
深夜。
二人が小さな寝息を立てている時だった。
「う、ぅむ……」
ヴォルフ青年が微睡みの中ながらも、現に帰ってきた。
目をこすりながらベッドを手繰っている時。
はっ!と隣の柔らかな感触に反応すると、完全に意識を取り戻した。
「そ、そういえばネフィリアさんが……」
「ん……ヴォルフ?」
「あ……すみません。目、覚ましちゃいましたね」
「……いいよ。お姉ちゃんは寛容だし寝起きもいいから。どうしたの?」
「あ、あぁ。少し、お手洗いに」
「お姉ちゃんもいく」
「あ、はい……ってええ!?」
ヴォルフも平静になる。一人で眠れないやつが、夜中にお手洗いなど一人で行けるほど肝っ玉が据わってないことを看破されているのではないか?、と。
そういうことならと彼も頷いた。
「じゃあ、一緒にお願いします」
こうして共にお手洗いに行くことになったのだが……。
着いて男子の方に入ろうとした瞬間、平然とした表情で背後からネフィリアがついてきた。
「ちょ、ちょっとネフィリアさん!」
「……?」
「流石に入っちゃダメですよ!常識くらいは守ってください!」
「……常識?お姉ちゃんは気にしないよ?」
「あぁんもう。そういう意味ではなくてですね!流石に女性に見られながら用を足すというのもハードルが高いんですよ、こちらとしては!」
「?気にしなければよくない?そんなに難しい?」
羞恥心というものがないのかこの人は!
再び内心で叫びながら、ネフィリアの背中を押して入り口まで退避させる。
「もう!ダメですからね!入っちゃ!」
「…………………………えー」
「えーじゃないです!まったく!姉だからといって弟の行動が何でもかんでも監視されたら……束縛にも限度がありますよ」
その後用を足し、普通に部屋に戻って寝た。
朝起きたらめちゃくちゃヴォルフの寝起きよかった。
おわり