光瀬と火焚がお茶するだけ
「……火焚?」
「おー亜輝ちゃん!壮健かー?」
軽快になった携帯から聞こえた快活な音声。
公園にいた光瀬 亜輝は眉一つ顰めることなく、電話主である火焚 唯香へと平坦に対応する。
「別に」
「なんや!今日はクリスマスやで〜?もしかしてクリぼっち?」
「切るよ」
「ちょ、ちょちょ待ちいや!冗談やで、冗談!!」
光瀬は火焚の軽口に耳を貸す気配なく、火焚は必死に誤魔化すような笑いをする。
「せっかくクリスマスだし一緒にケーキでも食べに行こか!クリぼっち同士、冷めた心を温めなおそうや〜」
「……」
付き合う義理など何処にもないが、音楽を片耳に公園の景色だけを眺めるよりかは有意義な暇潰しだろう。
そう考えた光瀬は一つため息を吐くと目を瞑ってぎこちなく答える。
「分かった。行こう」
「よっしゃ!いいとこ見つけて亜輝ちゃんの頬っぺた落としたるで〜!!」
「……」
こうして二人はとある場所で待ち合わせをしてとある喫茶店に向かうことになる。
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O市のとある繁華街。
人々が賑わう雑踏の中、一人光瀬は携帯をいじりながら音楽を聴いていた。
時折、冷えた手に吐息を馴染ませながら暖まっていると聞き慣れた声が耳朶に響く。
「亜輝ちゃ〜ん」
光瀬はイヤホンを取りながら、仏頂面で満面の笑みで近づく火焚に視線を向けた。
「ごめん、ごめん。待った?」
「別に……っていうか火焚。……隈増えた?」
「あ、あぁ。最近仕事が多忙でな〜。不衛生なのは承知しとるけど」
「……ま、いいわ。行こ」
そうして二人は繁華街の中を淡々と歩き続ける。
「亜輝ちゃんは学校かいな?」
「……まぁね」
「いいな〜、憧れるわ。私とか最近支部長に振り回されたり任務に駆り出されたりでな。女の子への扱いが少々雑だと思うわ」
「……ま、それは否定しないけどね。アイツの件で私も学んだし」
「……そうよな。てか、聞いてよ亜輝ちゃん。私の体もうボロッカスでな〜一回支部長にどついたろか思ったけど有給取るくらいで勘弁してやったわ」
「そ」
「えー、なんやねんその反応! もっとこうあるやろ!私を褒めるとか!」
「逆に褒めるとこある? 意趣返しに有給とか向こうからしたら迷惑だと思うけど」
「うぅ〜……」
他愛もない会話をしながら目的地へと向かう二人。
すると火焚が「あっ!」と表情が明るくなると、独りでに駆け出し年季のある建物の前で止まった。
「ここやでーここ! ここ!」
年相応な女の子らしく、華奢な手を振ってみせる。
それを見た光瀬はため息を吐くと、緩慢な歩調で喫茶店の外観を見回す。
「……ふーん。火焚にしては結構お洒落」
「やろー? ふふん、もっと褒めてくれてもええんやで!」
「さっさと入ろ」
「ちょっ、無視かいな!」
ドアを開けて軽快にベルが鳴ると同時に、独特で芳醇な香りが二人の鼻腔をつく。
光瀬は無表情を変えず、火焚は目を輝かせながら落ち着いた内装に頷いた。
「いらっしゃいませー。空いてるお席へどうぞ」
店員の言われた通りに、窓際の雰囲気のいい二人席に座る。
お冷が置かれ、メニューを渡されると光瀬はゆっくりとページをめくりながら吟味した。
「どうや亜輝ちゃん。雰囲気とか、ばっちりやろ!」
「ま、及第点ってところかな」
「なんや〜?まだ確証がないんか?ここすっごい美味しいからな!亜輝ちゃんも思わず声出すで!」
「……はぁ。まだ食べてもないんだけどね」
活発な笑顔を浮かべる火焚を前に、光瀬も一人でいるよりかはこういう時間を設けるのも悪くないはないと少しだけ感じ入る。
注文を済ませると、ケーキがくる合間彼女らは色んなことを話した。
「あんまりこの話題を出すのもあれやけど……愛佳ちゃん、亜輝ちゃんのとこにも来たんやって?」
「……そうね。一応は来たよ」
「そうなんだ。……私さ、色々考えたんだけど。まだO市には敵がいっぱいいる。ティシポネ、メガイラ、アレークト、虚罪……いっぱいや」
「……」
「だからね、私誰かが目の前で傷ついて、そして失うのだけはもう、嫌なんや……。だから強くなるよ。光瀬ちゃんたち、大事なものを守れるくらいには」
「そう。程々にね」
「愛佳ちゃんへのこれが唯一の贖罪とか余計なことは考えんけど、あの後の反省くらいは何かに活かしたいからな!」
「………」
明るく話しを閉じた火焚。しかし、光瀬は彼女が少しだけ異様なのを看破していた。
いつもより無理に明るさを装っているようで、何か自分の知らない水面下で彼女が背負いすぎていることも。
しかし、自分がどうしてやることもできないし、してあげる権利も資格もない上に興味もない。
過度に触れ過ぎても自分が余計な被害を被るだけだ。追求を避けながらお冷を少しだけ飲んで気持ちをリセットしていると注文のメニューが来た。
「おっ待たせしましたー! 紅茶とケーキ……ってあれ!? 火焚ちゃんと光瀬ちゃんじゃん!」
驚愕を帯びた声で二人に言葉を向けたのは、見覚えのある顔だった。
「え!? 悠ちゃんやん!?なにしてんの!?」
「わー!こんなところで会えるなんて嬉しいよ!うんうん」
「……」
盛り上がるのは火焚ととある騒動で戦線を共にした葉雲 悠であった。
光瀬は我関せずと言った雰囲気を貫徹する。
「っていうかバイトかいな! UGNと掛け持ち?」
「そそそー! ここ市の境にある喫茶店だから支部ともアクセスしやすいんだよー! 実りもいいし、社会体験ってことで働いてるんだー!」
「偉いなぁ。悠ちゃんは働き者やー!」
注文の品を近くの机に置いて、再開に手を合わせて喜悦する二人。
光瀬はこのままじゃいつまでも続くと察したのか、ため息を吐いて火焚の背中を叩く。
「……ちょっと」
「あー、ごめんごめん! ほな、悠ちゃん頼むわー」
「はいはーい! こちら二人ともケーキセットだねー。ご注文は以上かな?」
「うん!ありがとなー!」
「……ありがと」
「はいねー!追加注文があれば言ってねー!」
そうして、葉雲は上機嫌に厨房へと戻っていく。
「ささ、食べよー」
「……いただきます」
その後ケーキを堪能して、色んな会話を交えた。
オーヴァードもレネゲイドも関係なくただこの時のみは普通の女の子として普通を享受する。
ケーキが予想以上に美味しく、若干ながら光瀬の頬が緩んだのはまた別のお話。
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